佐伯一麦(さえきかずみ)のルポ、「石の肺~僕のアスベスト履歴書」です。
佐伯一麦と言えば、ア・ルース・ボーイ!
青春文学の金字塔。
進学校の退学。赤ん坊。仕事と生活。
まだバブルの余韻の残る僕の高校時代、真摯に生きること、まっとうに生きることを教えてくれた名著です。
上記のア・ルース・ボーイはじめ、著作のほとんどは私小説の形式。
創作にあたって多少の脚色はあるものの、佐伯氏自身の歩みが作品の軸になっています。
佐伯さんはドロップアウトしてから、専業作家になるまで主に電気工として生計を立てていました。
今でこそアスベストむき出しの中で作業するなどとんでもないことですが、当時はそういった条件の仕事が危険性の認識もないままたくさんあったようです。
佐伯さんも電気工事の際のアスベストの被害者。
ビル天井の狭い中でアスベスト吹き付け現場の電気工事をやったことが、現在まで影響しているのです。
ぜんそくと肋膜炎、そして肺がんへの怯え。
で、アスベスト被害のルポタージュなのですが、ノンフィクションにありがちな国や企業への糾弾、正義を振りかざすことはまったくありません。
淡々と、冷静に、時に愛情さえ感じさせるほど、当時の状況を振り返ります。
文中にもありますが、アスベストのおかげで発展もあった、その一面も彼は見逃していません。
もっと言えば、みな、アスベストを含む「社会悪」に目をつぶりつつ、恩恵を享受してきたでしょう?というスタンスかと思います。
繰り返しますが、糾弾ではありません。
言うべきことは厳しく主張しますが、必要以上に正義をかざさない。
3丁目の夕日の話がちょっと否定的に出てくるのですが、もしかしたら「石の肺」は80年代のウラ三丁目の夕日なのかもしれません。
アスベスト被害について知りたい人はもちろん、時代の空気の匂い立つ文学作品としてもどうぞ。